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2010年3月10日

豚汁談義

 今日は水曜日につき、豚汁を作りました。大鍋一杯に作りましたが、すべて早い段階でなくなりました。ということは大変好評であったのではと思っております。私自身食してみて、「いける味だ!」と思いました。秘伝を明かしますと、みんなが少しずつ味噌をもってきて併せ味噌ができたこと。そして具の野菜もいろいろ入れたこと。豚肉の一番安いのとその上の肉、こんにゃくも白、灰色、黒っぽいもの、ついでにかまぼこまで入っています。それを大鍋で大量に作るわけですから・・・美味いわけです。そうです。人間社会もいろいろおられる方が味があって楽しいのと同じことでしょうねえ。あんまりとんでもないのが混じると豚汁も不味くなりますが、基本的には色々があることそれが豚汁も人生も秘訣なのでしょう。

雪の朝

 今日の朝はわずかに向かいのご夫婦に勝って、雪掻きをしました。大糸線の電車は正解でした。車族は大変な目にあっていたようです。大変といえば、本校の前で素晴らしいジープ型の車がえんこしていました。助ける気持ちも持ちながら雪掻き職員部隊が接近、押して何とかなんてことも考えられないほど前輪のタイヤがあっち向いてホイ!です。レッカー車がきて一緒に押したりしていましたが、ナカナカ・・・そんなこともあったのですが、その車を運転していた青年がお世話になったといって沢山のお菓子をいただきました。「好青年!好青年!」「旨い!うまい!」と私は連発しながらいただいたお菓子をパクついた次第であります。ちなみにその車は雪道とは関係なく、前輪がおかしくなったようです。この車やはり話題の○○車でした。テレビ会社も映しておりましたが、どこを映したのか?メーカー名?雪とあっち向いたタイヤ?運転者の困惑した表情?分かりませんですが・・・そんな雪の朝でした。

2010年3月 9日

卒業式を卒業しました。

 吹奏楽のOGが演奏する曲をいただきながら、卒業生たちは式場を後にしていきました。報道陣の方々が多かったので、新聞・テレビでその風景を見られた方も多かったのではと思います。
「ありがとうございます」と言う言葉が式場でも、後のホームルームに利用させていただいた秀峰学校のあちこちでも聴かれました。そういう中で最後の卒業式を終えることが出来たのは本当に嬉しい限りです。個人的には突然家の電話がなって、昔の大町北高校の教え子から「先生は松南にいたのですか!」と言われたり、昔の同僚の女性が学校に訪問してくれたり、報道によるリアクションが色々ありました。そんな中で私も卒業式を卒業しました。

2010年3月 5日

明日、最後の卒業式を迎えます

 いよいよ最後の卒業生を送り出す、最後の卒業式を明日迎えます。この3年生はご存知のとおり、本校に入学するときに、合併そして最後の入学生となることを知りました。そして3年間、途中で転校や退学した生徒もいる中で、3年間を刻んできました。最後の文化祭・最後の修学旅行、常に「最後の」という言葉が付く中で、最後の卒業式を迎えるわけです。「有終の美」なんて言葉では越えられない色んな思いがあるのではと想像しております。私個人にとっても最後の卒業式です。どんな感想が沸き起こってくるのでしょうか。年寄りであるだけに、反応も遅いことでしょう。

2010年3月 4日

解脱会松本里山辺支部

 徘徊をしておりましたら、大きなどっしりした家がありました。あまり生活臭が感じられないので、なんだろうと興味を持って、玄関まで入り込みました。看板があり、「解脱会松本里山辺支部」とありました。???普通の家でもあるようにみえるし、何々教の感じもあるし。???
 ありました。やはり宗教法人でしたが、家庭の中で、実生活の中でという点が強調された宗教法人のようです。なるほどなあと私も感じ入りました。

 「そこで会祖は、〈敬神崇祖・感謝報恩の生活〉を実現する道として、どこまでも現実生活に即した教えを説くために、〈在家宗教〉すなわち、家庭が宗教生活を実現する重要な場であることを明らかにし、生活そのものが宗教であることの本質を強調しました。
また、伽藍殿堂を誇る宗教が多いなかで、ものものしい建造物を離れ、簡素な建物や自然のなかで真理を学ぶ道を示しました。さらに、抽象的な観念論や形式主義に流れやすい宗教の学びについても、会祖の指導は現実的な道を明確に示し、常に世のため人のために役立つ具体的な実践の道へと導くものでした。 」

2010年3月 3日

柳の下のドジョウ?

 先日のカレーの好評に気分をよくした私は今度は中身は似たようなものでビーフシチューにチャレンジです。ただ肉が豚肉から牛肉に2段階特進したので、是が非でも美味くなければ困ります。朝から「期待しております。楽しみです」なんていわれて大変なプレッシャーを感じております。このプレッシャーを煮込みの火力に変えて、頑張るしかありません。少し水っぽくなる可能性を秘めていますので、(どうしても量を多くしたいという貧乏人根性の発揮です)また買出しに行かねばならなくなるかもしれません。

2010年3月 2日

アルゼンチン便り

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御心配有難うございます。
かなり離れているので、こちらはビリとも揺れなかったようです。寝ていたので気が付きませんでした。時々、寒い日があり、長袖を着たりしています。

2月初めに行った、コリエンテスのカーニバルの写真を送ります。コリエンテスは黒人の血が入っています。阿波踊りの「連」と同じような、踊りのグループが有り、人気の有るものは大変な人数になります。踊り手は圧倒的に女の子です。子供のグループ、女の子のグループ、女の子の独立ダンサー、時々台車に乗ったセリが来ます。又、たまに踊りで男が混じります。全てサンバです。太鼓などの打楽器を演奏するグループは男が多く、これは歩きです。グループの一番最後は巨大なスピーカを積んだ2階建ての台車がトラクター等にひかれてやってきます。その上でサンバを演奏する楽団がいます。いいグループほど時間的に後に出てきます。私たちは10時から3時までみて、くたびれて帰りました。5時位までやっているようです。

春探し

 こんなに暖かい日が続きますとこのまま春になっていくのかな?と期待したりします。今日は朝、本町と伊勢町の角の店先に大きな花瓶に花が活けてありました。黄色のレンギョウとピンクのウメでした。それを横目で見ながら、「待てよ。梅はどうだったかな?」と考えましたが、通勤途中で見た田舎街道では未だでした。しかしお城の白梅は梅一輪二輪三輪どんどんほどの暖かさで相当咲いているようにも思います。雑草のオオイヌノフグリやフキノトウはしっかりのようですが、どうも三郷方面田舎街道では花木にはまだ春は来ないようです。

2010年3月 1日

弥生3月ですねえ

 なんだかんだといっているうちに、3月になってしまいました。昔から小学校時代からこの3月は卒業式があって・・・社会人になっても教員でしたから毎年毎年ずうーっと卒業式があって・・・そんな3月の最後の年となりました。あまり好きな月ではなかったので、無いにこしたことがないのですが、しかしそうはいいながら、来年あたちには「ちと寂しいなあ!」なんて感じになるのでしょうか。そうはならないように、そうです。卒業生たちに負けないように今から4月からの充実の日々のための準備を進めねばなりませぬ。

2010年2月26日

爺さんサイクリング

昨日10時から総合教育センターで会議がありました。そんな会議に行く必要はないのではと思われそうですが、お礼を申し上げるために行きました。ご存知の方も多いと思いますが、途中の東雲の道は大変眺めのいいところです。やはり前もそうでしたが、自転車で8時には学校をでました。さすが高度を稼ぐところでは歩きになったりしましたが、その時に気づいたことがありました。一つは電気柵です。「触ると危険」とあり、その柵の更に外側に触らないようにもう一つ柵がありました。どうもイノシシのようです。この眺めのよいところで作物をゆっくり食べればさぞかし美味かろうと思ったりしました。もう一つは温風であります。どうも私には山側の地面の温もりから来るように感じました。地面の温もり?西向き斜面の午前中なのに・・・不思議でした。堆肥の発酵熱かなあ?行きは1時間15分帰りは20分の爺さんサイクリングでした。